幼少時の思い出

一番楽しかったのが、小学校二年生まで住んでいた品川は大井競馬場そばでの時代です。
環境といえば、シュタイナー博士が聞いたら卒倒しそうな所。
なんたって埋め立て地の周りを囲む運河は真っ黒でメタンガスが泡立ち、競馬やオートレースが
あった日には外れ馬券が散乱し、運河にかかる橋に積もっているような所でした。
( 翌日にはハズレ馬券の山が無くなっていたのが不思議でした。たぶん競馬場の人が清掃するのでしょう)
 外れ馬券はナンバーが穴飽きで表示してあり、子供の私はとても貴重な紙切れに見えたので
「何でおじさん達はこんな面白い紙を捨てて行くのだろう?」なんて思って気に入った数字が
入った紙を拾ったりしてました。

時々紙ゴミの中から水色の鉛筆サックがついた赤鉛筆があり、まるで宝物を発見した気持ちになりました。
おじさん達のマネをして、耳に掛けたりして、大人の雰囲気を楽しんでいました。(;´Д`)
 当時は一升瓶の王冠を集めたり、三角パックの牛乳のふたをコレクションしたりするのが流行っていたくらいで、
たとえチビていようと、文房具が捨ててある、というだけで宝物扱いでした。
 そして橋のたもとにある飲み屋さんからはいつも美味しそうなモツの煮込みのにおいが・・・・。
入口には大ジョッキから旨そうに泡が盛り上がった「ホッピー」のステッカーが張ってあり、幼稚園の登園で
そこを通る度に「ホッピ−っておいしそー。どんな味がするんだろう?」と妄想するような幼稚園児でした。
酒飲みの素質はすでにあったようです。
団地には子供達がそれこそ溢れんばかりいて、遊びにはことかかなかったです。
「遊びには沢山の子供が必要」ということは自分が子供を持って初めて痛感したことでした。

とにかく毎日友達と鬼ごっこや探検ごっこやら着せかえ人形遊びets,と遊び三昧。ですが、生き物が大好きだった私は周りに自然がないことだけが不満でした。  
 唯一いる野生動物がスズメや鳩の他に例の運河のヘドロの山に住んでいるドブネズミ・・・・。ネズミなのに巨大なのが無気味でしたが、長い間じ〜〜〜っとこの野生動物を眺めていた気がします。
毛のある生き物は当時の私にとってとても貴重だったからです。(アパートでは飼えないので)

そんな私ですが、今でも輝かんばかりの素敵な自然体験の思い出があります。
祖父が真夏の盛りに亡くなり、祖父の実家である岡山県の高梁市に行きました。
山の上まできて、自分より低い所に山があり、雲がかかっている(雲海)の を見てびっくりしました。
山びこを体験して、面白くて何度も「ヤッホー−!」って叫びました。
田んぼには大きなタニシがうようよいて、小魚も泳いでいた気がします。 従兄弟は泉でシュリケンイモリを捕まえて、東京に持って帰ったのが羨ましかった。

その後ここへは訪れていませんが、田島征三さんの映画「絵の中のぼくの村」みたいになってしまっているのかな・・・と思うと寂しさを感じます。 あんな所で育っていたら、もっと違う絵が描けたのに・・・と思う今日この頃です。